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hide かえるもの・かえないもの [建築・ランドスケープ]

先日、久しぶりにマクドナルドで夕食をとった。
さっそく、ビックマックセットを注文。

そのとき、ふとスタッフの頭の辺りが気にかかった。
彼女だけ、Mのマークの入ったスカーフを頭に巻いていたのだ。
スカーフのベースの色は紺で、黒色のMのロゴマークが無数にプリントされていた。(なかなか渋い)

おそらく彼女はイスラム系の女性なのだろう。
イスラムの系の女性はヴェール(頭にかけるスカーフ)で頭を覆っているので、同文化圏の女性の為に特別のユニフォームを作ったのだろう。
それに気がつき店内を見回すと、ポテトを揚げていたアフロ頭の黒人の女性は、サンバイザーをつけていた。 さらに見渡すとと皆ばらばらなものを身に着けているのに気がついた。
それでも統一感を保っているのは「さすがマック」と一人で感心。

パリ、インスブルク(オーストリア)、京都などの古都ではバックグランドを茶に変え景観に配慮していたし、スウェーデンではバックを青に変え同国の国旗に合わせていたりと周囲にあわせる柔軟性をもつ。それでいて、Mの文字の存在感はどこにいっても目立つ。

単に、サインのデザインが優れている点だけでなく、彼らのオーガナイズ力には学ぶべきところがあるのかもしれない。


hide きおく・きろく [建築・ランドスケープ]

記録するって、最近すごく簡単になってしまって
ほとんどの場合は、記憶として残っていないんだろうなと思う。

上の写真はジブリ美術館に行ったときの写真。
みな携帯を空に掲げパチリ。(携帯の先には巨神兵。)

僕の記憶に残っている場所は、長野の山のキャンプ場(ボーイスカウトにて。)や
アルプス山脈のゲレンデ(初スノボーがアルプス!!)等々。
しかし、そのどれもが風景の記憶だけでなく、(長野の山で)テントを張って寝泊りしたという事、
(アルプス山脈で)スノボーをした事、というように何かしらの行為とセットで覚えている。

(小さい頃の記憶は、どちらかが欠けている。風景だけとか、何かしたことだけとか。)

と「記憶に残る空間のつくり方」に関してはっきりした答えは出ない。
もっと考えてみたいと思う今日この頃。



hide 公園はどう評価するのか? [建築・ランドスケープ]

最近の僕の興味ごとは、どのように公園や道といったパブリックオープンスペースを
評価するのかである。 

現在、スタジオで「中国のコレクティブランド」のリサーチをする傍ら
オープンスペース(公園、インフラ等々)がもたらす経済効果をリサーチしている。
経済的な側面からオープンスペースを評価することは重要に思えるからだ。

以下のサイトは公園を中心に評価、批評をしていて面白いです。

公園情報センターのランキング
http://www.kouen.info/
絶滅種の遊具などおもわず笑ってしまうものもあり。
コラムなどからは、公園の楽しみ方を知っている大人の方々なんだろうと感じました。
素敵です。

もうひとつ
PPS
http://www.pps.org/
ここは、パブリックスペースを評価し新たにつくりだすとうビジョンがあり
その意欲的な姿勢が素敵です。

どなたか、オープンスペース(公園、道路、自然等)に対してどう評価すべきかご意見
があればお気軽にかいてください。

今ロッテルダムのクンストハルではガウディー展が開かれている。
とっても見に行きたい。 週末にはきっと
僕がこちらに来てから、ダリ・OMA・H&D・フンデルトバッサー・そろそろ
ロッテルダムヴィエンナーレをみる機会があり、大変充実している。


hide パーソナルスケープがもたらすもの [建築・ランドスケープ]

”個人(民間)のつくりだす風景”をもう一度見直すという事は
公共空間を考え直す重要なキーであると僕は思う。

東京では、総面積の半分以上を民有地が占め、うち7割程の土地が個人所有(3割が法人)。
これからも個人がつくり出している風景を無視できないと言える。

しかーし
東京都区部では、一日に500万人程の流入人口がある。
(これらの人口は、他の都道府県および東京区部外に住む人々をさす)
東京区部の人口が約800万人程。
こういった地域に根ざす人々以外の作り出す風景にも目を向けるべきなのかもしれない。
彼らはテンポラリーに滞在する人々だが、個人と言う時間をもつ人なのだから。
もしかしたら、公共の空間のユーザーは地域の人々でなくこういった人々に必要とされている
のかもしれない。

データーばかりで、話を進めるのはあまり好きではない。
しかし、公共空間が面白くない分、もしくは公共空間が新たに生まれる可能性が少ない現状に
対しての反発としてパーソナルスケープが注目されていく(勝手な印象ですが)のも腑に落ちない。

といっても僕は今東京に住んでいないし、横浜(並木3丁目)が実家である。
日本に帰ったら、民間のつくりだす空間を注意深く見てみたいと思う今日このごろ。


hide みち  [建築・ランドスケープ]

「点と線の場所の反転」みたいな事がおこったら楽しいかもね。
スケールや距離によっても両者へのアプローチは変わるのだろう。

うらにわと路地
市民公園と歩道

みちの空間はもっと面白くなれるところで、公共の空間から見落とされた場所のひとつであると思う。

またストックホルムの話なのですが、A+u(414号)でも特集されたスェーデンアーキテクトの
ラルフ・アースキンのてがけたストックホルム大学の建物を見みてきた。
彼は、個人の視点にたった空間づくりを大事にしているようだ(A+uでもそのあたりを語っている)。

建物内の吹き抜け(エントランスホール)にある階段は、2人が通り過ぎるには狭い。
あえて人がすれ違うときに「ゆずりあい」といコミュニケーションが生まれる。
それをラウンジから他の人が見ている。とても人間味にあふれた空間ですがすがしかった。

実は彼のそういった空間に対する姿勢は、スェーデン人がもつ「思いやり」からきているのだろうと思う。(彼はイギリス人)
街にある桟橋の歩道・車道も、彼の建物同様にせまい。
車に関しては、相手が通り抜けるまで反対側で停車してまっている。
狭いにもかかわらず、桟橋でつりをしているおじさんもいる。
でもなんだか「おじさん何のさかな釣っているの?」と聞きたくなるような気分にさせる。

ストックホルムという都市の心地よさがそうさせるのか、旅行者というリラックスした気分が
それらの空間を美化してしまっているのかもしれない。でも 僕にはとても真新しく感じた。

狭いことの美。 
みちという公共。 
個人と個人がすれ違うみち。

道も立派な公共空間である。これから、みちを個人と言うレベルで考え直してみるとおもしろくなるのかもしれない。


hide ロッテルダム・祭 [建築・ランドスケープ]

今日、ストックホルムから帰ってきました。

街につくとロッテルダム中がパーティー会場と化していたのに驚く。

なぜなら、今日(4月30日)が、Queen's Dayなためだ。

街中のありとあらゆるところにステージが設けられ、歌えおどれの大祭り。

ロッテルダムは、オランダの中でもイヴェントシティーとして位置づけられている。

何かイヴェントがあるごとに、街の中心街の道路やトラム路線は封鎖され、そのスペ

ースは祭りの会場と化す。

2004年度のカーニバルでは、交差点にステージを設置していた。

これををみてなるほどと思った。

なぜなら、交差点は道路の中でも一番広い場所である為に、ライブに適した場所となるからだ。

オランダ人のイヴェント好きには「頭がおかしいのでは」と思ってしまう時もあるが、スペースのオー

ガナイズ力(使い方)という点では大いに学ぶことはある。

オランダでにきて都市計画というプラクティカルなお勉強よりも、場所・ものの使い方を体験を通し

学んでいる事のほうが自分にとって大きい。

そういえば、あまり関係がないが郷ひろみが以前渋谷でゲリラライブをして警察沙汰になっていたの

を思い出した。


hide ランドスケープアーキテクト [建築・ランドスケープ]

<スウェーデン>

明日からストックホルムに行ってきます。

お目当てはもちろん森の火葬場。

というわけで、さっそく書き込みのおさぼりなわけです。

akikoさんも去年見に行きましたよね。どうだったのでしょう?

僕にとっていいものを見ることは、心と体の充電になるので欠かかすことができません。

きっと、都市にとってランドスケープデザインが必要なのと同じなのでしょう。

<ランドスケープアーキテクト>

急ですが、ランドスケープアーキテクトがこれからできることは何でしょうか?

akikoさんゲストさんはどう思いますか?

先日オランダから一時帰国した友人が、「東京にいると何か孤独感や不安を感じる」という

話をしていました。

東京は都市というフレーム(場所のエッジ)がない、もしくは確定できない場所。だから

多くの人は不安に感じるのではないかと僕は思います。

だから、その不安から逃れるために人は自らフレーム(場所)をつくりだすか、既存の

フレームに身を置こうとする。。。。

このことをネガティブに捕らえるのではなく、個人や小規模のフレーム(グループ)の集積、それをつ

くり出すプロセスが東京のパワーの源であるとポジティブな視点にたつことは出来ないだろうか。

その時、その人たちが集まるプラットフォーム(new public domain)を積極的に提供すことが出来れ

ば東京の人・都市をもっときらきら輝かせる(活性化する)事が可能になるのではないだろうか。

ランドスケープアーキテクトのできることの一つとしてそのプラットフォームづくりをすることは新たな

課題になるのではなかろうか。

抽象的な話なのでAkikoさん やゲストさん に理解してもらえるだろうか気になる。

けれど、既存の公園やオープンスペースのステレオタイプでは対応できない、何か新たな空間を東

京は欲している気がしてならない。 そうであるとすれば何であろうか?

おっと、あと4時間後には飛行場に行かねばいけない。

これから中国の知り合いにメールもしなければ。あたふたあたふた。

では また週末に。チャオ!


akiko-リプラス×テレデザイン=都市再生 シンポジウム(3) [建築・ランドスケープ]


はい。
前回の分です。

概要はこちら。

◎第三回シンポジウム
日時:4月22日(金)午後7:00〜9:00(午後6:30開場)
申込締切:4月19日(火)
テーマ:「建築×不動産=都市再生」不動産再生の試みから見えてくる都市再生の道筋
モデレーター:田島則行(テレデザイン)
パネラー:柘植さやか(株式会社リプラス)、馬場正尊(有限会社オープン・エー代表取締役)、大島芳彦(有限会社ブルースタジオ取締役)

おもしろかったです。

ブルースタジオというのは、自分達で造った作品を人の手に渡るまで(要するに不動産屋)
もやっているらしい。。
おもしろすぎる。

馬場さんはいつものようにおもしろかった。
柘植さんもしんの強そうな素敵な方だった。

面白かったことたち。
・新築の販売をメーカーががんばって売り込むと、、、陳腐化のスピードが早くなる。
・選択と集中(中途半端はつまらない)
・コンバージョン(目的居住・オークション賃貸・ハーフスケルトン)
・発見
・どこに帰っていくのか。
・物件
・出版物はつよい企画書になる。
・新しい言葉(基準)
・ズラス、ずれ
・エンドユーザーが言葉を求めている。
・きちんと定義する。
・洗練の途中
・目的に合わせてつくる⇔形体にあわせてつくる。

面白いようなひっかることは、たくさんあった。
が、結論としては「建築」やってたら不動産はしらなければいけない。
にげられない。

これって、ランドスケープでいうとだうなんだろか?
公開空地を考えねばいかんのかぁ。
むむむ。
面白い議題ではある。
ものの。難しい。


akiko-リプラス×テレデザイン=都市再生 シンポジウム(2) [建築・ランドスケープ]


はたまた、リプラス・ホフ×テレデザイン=都市再生のシンポジウムに行って来ました。

概要はこちら。

◎第二回シンポジウム
日時:4月15日(金)
テーマ:「建築×街づくり=都市再生」神田・日本橋再生の試みから見えてくる都市再生の道筋
モデレーター:田島則行(テレデザイン)
パネラー:宇野求(建築家・千葉大学教授)、清水義次(株式会社アフタヌーンソサエティ代表)、鳥山和茂(CET04実行委員長)

今回は前回より面白かった。
「まちづくり」という親しみある言葉だったからかなぁ。
しかし、話の舞台は東京の東側。
ゲスト偏り過ぎです。残念。

参考までに。。
東京都内の話ですが、西の人間は東のまちづくりは参考にできないといいます。
東の人間はプライドが高い。
商人魂というか、根性というか、やるからには失敗できないと言う強い思いがある。
まとまる時にはまとまる。
しかし、西は、住んでいる年月などもバラバラ。。
まとまれない。
あと、やっぱり東が上手くいった事例はあんまり聞く耳を持ってくれない。
のです。

面白かった言葉をとりあげると。。。
・「地の町」を変え、横につながる町をつくる。
  図と地の関係を修復する。
・小さな都市再生がいっぱい。
・口コミ
・都市で暮らす
・マンションの一層目
・サラリーマンじゃない。

ということかな。
私は、「サラリーマンじゃないのがよい」というような事をいっていたのは賛成できなくて、
商店を経営していた方が町の事は確かに考えるかもしれないけれども、
私がやっている芝には、お勤めだった人がいっぱいいる。
そんな人たちも町のことを考えている。
まあ、現役だったら無理だろうけど。。

考えさせられることはいっぱいでした。


akiko-リプラス×テレデザイン=都市再生 シンポジウム [建築・ランドスケープ]

ちょっとしたシンポジウムにいったので、旅行はちょっと次回に。
約束が守れなくてすみません。。。

これは、最近竣工した元麻布のc-MA3という場所で開かれました。

この物件、、バブルの時に建てられて十年間放置されていたんです。
(不動産業界では有名だったそうですが。)
地下室には水がたまって、湿気で壁紙全面にカビが生えている状態からの改修プロジェクトです。
改修によって、地下室はギャラリーに。
オフィスは個人ブース型貸しオフィスに。
住宅は1部屋を2部屋に切り替えていました。

で、シンポジウムは「建築×金融」「建築×街づくり」「建築×不動産」という全3回です。
今回は「建築×金融」を聞いてきました。

まず、会場に入ったら建築のシンポジウムの雰囲気とは違っていて(お客さんが)
違う分野の人もきてるなぁ。と期待しましたが。。。
「建築×金融」っていう題目のはずなのに。。金融の話ばっかりだった。
これは残念です。しかも、金融単品の話。
建築の分野の私にとっては「へぇー。ふぅん。」と学ぶところが多かったけど、
金融系の人は面白かっただろうか?とちょっと疑問。

投資についての話は面白かった。
建築側が常になにかのきっかけになるのではないか?と考えて多用するギャラリーは
不動産側から見ると「無」だそうだ。
そこで、自分の専門分野以外の事をどういう風に見極めるかと言うと、
リプラスのかんさんは、「その分野の専門家がどのくらい真剣に話し合いをしたか?」
というのがものさしになると言っていた。
これはなるほどー。と。
そして、これをちゃんとロジックをもって説明できるか。というのも大きなポイントらしい。
これもなるほどー。
そして、新しいideaに対しては、
「それが現在のどのニーズにあたるのか?」
「どういうロジックでどのくらいの人がどのくらいの頻度で利用するのか?」
というのが判断につながるそうだ。
投資というのは難しそうだ。。。
建築を客観的に見ている人の意見が聞けたような気がしてうれしかった。

やっぱり、ロジックをもって人に説明すると言うのは大切で、
反対にそこがあれば崩れないと思う。
分野や言葉が違えば違う程大切だ。

建築家も人に投資させるくらいのなんかパワーみたいなものを持ってるといいな。と思った。
これに投資するからこういうものを造って下さいという仕事よりも
こういうものつくります!投資してくださいって方が仕事としてかっこいい。
お金の巡りとしてうまくできるかはわからないけど。。。

考えさせられるシンポジウムでした。
ではでは。


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