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hide みあげる・みおろす [日々の生活]

どうやら最近考え事が多いようだ。
気がつくと足元ばかりを見て歩いている。
それに気がつき、先日はあえて上を向いて歩いてみた。

するとどうだろう、普段見慣れている道や建物に発見がある。
たとえば、

雨よけの間をかさで埋めているお店があったり


屋根のうえの雑草 なんだか生けられているように堂々としていた。


僕の学校のエントランスにあるモチーフ
以前は銀行 (SPAARBANK)として使われていた。
その為モチーフが、ぶたの貯金箱なのだ。
オランダの建物には、そのような業種を示すモチーフがエントランス部にある。
設計者は、オランダの巨匠J.J.P.out (1890-1963)。

とちょっと散歩するだけでも、視点を変えるだけで新たな発見がみつかった。
今度はどんな風に歩いてみよう。


hide かえるもの・かえないもの [建築・ランドスケープ]

先日、久しぶりにマクドナルドで夕食をとった。
さっそく、ビックマックセットを注文

そのとき、ふとスタッフの頭の辺りが気にかかった。
彼女だけ、Mのマークの入ったスカーフを頭に巻いていたのだ。
スカーフのベースの色は紺で、黒色のMのロゴマークが無数にプリントされていた。(なかなか渋い)

おそらく彼女はイスラム系の女性なのだろう。
イスラムの系の女性はヴェール(頭にかけるスカーフ)で頭を覆っているので、同文化圏の女性の為に特別のユニフォームを作ったのだろう。
それに気がつき店内を見回すと、ポテトを揚げていたアフロ頭の黒人の女性は、サンバイザーをつけていた。 さらに見渡すとと皆ばらばらなものを身に着けているのに気がついた。
それでも統一感を保っているのは「さすがマック」と一人で感心。

パリ、インスブルク(オーストリア)、京都などの古都ではバックグランドを茶に変え景観に配慮していたし、スウェーデンではバックを青に変え同国の国旗に合わせていたりと周囲にあわせる柔軟性をもつ。それでいて、Mの文字の存在感はどこにいっても目立つ。

単に、サインのデザインが優れている点だけでなく、彼らのオーガナイズ力には学ぶべきところがあるのかもしれない。


春と夏 [日々の生活]

オランダに春と夏が共におとずれた。
白い綿状の種(タンポポの種みたいな感じのもの)が空を舞い、春らしい風景のなか日差しは真夏のような強さだ。
日も暮れるのも大分遅くなっている。昨日は10時を過ぎたころから暗くなった。
いつにも増して街は人々であふれ、レストランの椅子テーブルが路上を多いつくし
夜中まで食事やビールを楽しむ。

そんな大好きなオランダの季節が訪れた。


hide みんとかん 1 [日々の生活]

みかんでなくて、民と官のお話。 

最近オランダ建築ラッシュだ。
朝の8時から、工事の音が鳴り響く。
僕は毎朝の8時にはスタジオに着くようにしている。
理由は作業に集中できる事と、人気のない朝の街を歩くのが好きだから。
しかし、そんな素敵な日々は工事の音によって崩れ去ろうとしている。
(建築に関わるものとして、工事の音を聞いて腹をたてるのもおかしいか。。。)

このラッシュの背景には、民間デヴェロッパーへの土地の売却や高さ制限の緩和がある。
またこれらの開発は、建設による経済効果、雇用者増大を意図した政府の政策だとも読み取れる。
その結果、都心にも郊外にも低層住宅のなかに、突如と高層が現れる日本のような風景が現れている。
(多くの土地が国有地という点は日本と大きく異なる。)
数年後オランダがどうなるかは興味深い。 

日本では、森ビルがすごいらしい。
六本木に続き、新宿まで。 
僕のディプロマのサイトだった横浜の北仲通北地区の倉庫郡もどうやら森ビルによって取り壊されるらしい。

これからより民間の動きとどう向き合うかがより重要になってきそうだ。
またこれについてふれたいので
タイトルは 「みんとかん 1」としておこう。


hide 世界の車窓から [日々の生活]

昨日は、アムステルダムに行ってきました。

上の写真は、昨日窓越しに撮ったもの。
ロッテルダムからもアムスからも電車に乗り10分もしない内に広大なフラットの台地を見ることが出来る。
そこには、花畑が一面を覆う風景や馬や牛が放牧されている風景が広がる。
とてものどかで素敵な風景だ。
他の都市では、都市と農場がこれほど近接している風景はなかなかお目にかかれないのではなかろうか。
東京横浜ベルリンバルセロナ、広州、香港ウィーン、プラハ、パリ。。。思い返してもそんな体験をし
た記憶がないなぁ。あーでもスイスはそうかな。)

その様な低密度な風景を見てしまうと、MVRDVの提案する「高密度都市(ピッグシテー等々)」を疑いたくなっ
てしまうが、それはまちがいである。
確か、2頭の牛を放牧する際に1haの敷地が必要となるそうだ。
それを踏まえると(まだまだ理由はある)、あの低密度な風景が違って見えてくる。
MVRDVの言っていることも理解できる。
オランダの大地は郊外の隅々まで計画されているのだ。

計画性とラフさがオランダの良さであり僕の大好きなところである。

飛行機の窓ごしに。(僕の飛行機からみた「記憶」はオランダの風景ばかり)
ほんの少しオランダについて考えてみた。


hide きおく・きろく [建築・ランドスケープ]

記録するって、最近すごく簡単になってしまって
ほとんどの場合は、記憶として残っていないんだろうなと思う。

上の写真ジブリ美術館に行ったときの写真。
みな携帯を空に掲げパチリ。(携帯の先には巨神兵。)

僕の記憶に残っている場所は、長野の山のキャンプ場(ボーイスカウトにて。)や
アルプス山脈のゲレンデ(初スノボーがアルプス!!)等々。
しかし、そのどれもが風景の記憶だけでなく、(長野の山で)テントを張って寝泊りしたという事、
(アルプス山脈で)スノボーをした事、というように何かしらの行為とセットで覚えている。

(小さい頃の記憶は、どちらかが欠けている。風景だけとか、何かしたことだけとか。)

と「記憶に残る空間のつくり方」に関してはっきりした答えは出ない。
もっと考えてみたいと思う今日この頃。



akiko-ふりかえる・みわたす場所 [日々の生活]

記憶に残る場所って、記憶に残す場所じゃない?

今までのいろんなことを考えると、つくられたものは覚えてるけど、
記憶に残ってるものじゃない。
なんか、記憶しておいたものと記憶に残ったものは別物で。
記憶か記録か?みたいなもの。だと思う。(ベタですが。)

記憶に残ったものは、飛行機からの地形とか、旅行先のホテルの窓の外とか。
あぁ。言い表せないものかも。写真とちがうもの。
記憶しておいたものは記録としても写真をとっとく。写真で確認する。

うむ。むずかしい議題ですね。
結論はないけれども、私にとって記憶に残るものは意図していないでつくられたもの。だな。
だから、つくるのは難しいと思う。
←記憶に残った。
←記憶に残した。


hide ふりかえる・みわたす場所 [日々の生活]

記憶に残る場所とはなんだろうか
またどうしたら、そのような場所をつくれるのだろうか?

僕には 「ふりかえる・みわたす(余白の)場所」というものが
この漠然とした疑問を解く手掛かりになるのではないかと考えている。

群馬館林美術館(studio onsiteさん)、グエル公園の山の頂き(ガウディーさん)
森の火葬場(アスプルンドさん)、ヴェルサイユ宮殿(ル・ノートルさん)、
ラヴィレット(ベルナール・チュミさん)等々

上記の場所はいずれも「ふりかえる」「みわたす」場所をもつ。
空間全体を視覚的にとらえ、身体で体感(歩く、さわる。。。)することで記憶として残っ
てゆくのだと思う。

akikoさんはどう思いますか?


これはベルリンのとある公園にあるブランコ。

あまりに素敵すぎて、思わず乗ってしまった。 




akiko-女らしさってやつ。 [日々の生活]

久々に菅野美穂のかわいさに負けて、ananなんて買ってみた。
ほんとうにかわいい。

そして、中身には『女らしさの新定番。』という特集が。
あげてみると
01:自分の尺度を持ち周囲に流されない
02:女らしさ=男らしさ 中性的な一面も魅力的
03:わび、さびや季節を感じる情緒がある
04:甘える、甘えない。その場に応じて変化。
05:恋愛のレーダーを24時間オフにしない。
06:女であることを心底楽しんでいる。
07:崖っぷちに立つ度胸を持っている。
08:大人の知性を持ち合わせている。
09:ときには無邪気にふるまうことができる。

らしいです。

納得しつつ、疑いつつ。
読んだとこで実行するわけないけど、「女らしさ」って生活の中で忘れてるなぁ。と思った。
ちょっと男女平等じゃないことにも興味をそそられる。

まぁ、女らしくても男女平等でもhappyならそれで満足なんだけど。
楽しいのが一番。面白いと思ったことをする。
ラフってのもそのひとつかも。手を抜くところは手を抜く。みたいな柔軟性でしょか(笑)


hide ラフさ [日々の生活]


今日のお昼にとった写真

オランダの水辺には、柵はない。
だから、歩いていてすこぶる気持がよい。
水辺をすごく近くに感じ、開放感に満ち溢れている。

車止めもコンクリートの板がラフに埋め込まれているだけ。
いきよいよくバックした日には川にドボン。
酔っ払ってふらふらあるいていたら、うっかりドボン。 
そんなこともあるはず。
でもオランダ人はそ言う事は気にしないみたいですね。
僕はこのラフさが好きです。

日本で柵なしの川辺を実現するのは、厳しいだろうけれど
「ラフさ」考え直す必要はあるのかもしれない。
一生懸命、線を引けば引くほど、多ければ多いほどへんな場所が出来てしまう。
そんながんばりやの日本人がつくった風景には、異常なものがいくつもある。

さきほど、不思議そうに新聞をみている友人に声を掛けた。
彼が見ていた記事は、日本の女性専用電車について書かれていたものだった。
これもいつしか、日本の生活の一つになるのだろう。












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